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忘れられない1日 

 
 あの日のことは不思議とよく覚えている。
でもいつか記憶はあいまいになり、いいことは美化され
都合の悪いことは忘れようとする回路が働き、違った記憶になると思い、
あの日のことを書きとめておくことにした。




平成23年3月11日 東日本大震災 発生当日 

 何気ない一日が、いつもどおり始まった。

 朝起きて、2匹の猫、金貨と小判に餌をやり、7:30分に出社。
8時朝礼。当日の予約の確認など皆で行なった。
事務員、ワタクシとNさん。船員、Kさん、Yさん、Hさん、Sさん。
そうこうしている内、泉沢水産の定置網漁から帰ってきた船が、20リットルのバケツに
いっぱい入った”いわし”をもらった。あとで分けるつもりで『ベガ』に積み込んだ。

3・11朝の女川港
いつも通りの朝が始まった女川3・11

 いつもどおり朝、ブログを書き、金華山行き1便、9:30を送り出した。
Nさんに銀行に行ってもらうようにお願いし、ワタクシは10時45分に漁協さんにてOさんと合流してワタクシのヨットとヨットクラブの艇の係留料を支払う手続きを行いに行った。漁協さんでは塚浜のSさんがいて世間話をした。手続きを終え、会社事務所には11時30分頃に戻った。(後にOさんは家ごと流され、屋根にまたがって女川湾を漂流しているところを塚浜のSさんの船に救助された。)

 金華山行き2便は13:00発。お客さんは乗っていなかったが、15:15分塚浜発女川湾内遊覧が予約されていたので、金華山行き『アルティア』を定時に出航させた。
このとき船員Sさんは『ベガ』の整備のため女川桟橋に残った。
 この便にワタクシも乗り込みいつもどおり湾内遊覧の船内ガイドをするつもりであった。
13:35金華山港に到着。船員総出で桟橋周辺の”まつも””ふのり”をむしりとった。船員3名とワタクシでとったのでビニール袋2袋、大量に取った。14:30金華山港を後にして、『アルティア』は塚浜港に向かった。

3.11金華山まつも
震災直前、金華山の岩場を覆う”まつも”

 14:46、塚浜港を目前にして、船体に『カタカタ』という小刻みな揺れを感じた。
『ロープ絡めたかな』と思った瞬間、ワタクシと船員全員の携帯電話がけたたましくバイブし、緊急地震速報を知らせるメールを受信するやいなや、塚浜、五部浦湾を取り囲む山々、出島周辺の山々が赤茶けた土ぼこりを巻き上げながら崩れていくのが分かった。と同時にべた凪だった海面は見渡す限り船体の『カタカタ』という振動に合わせてさざ波が立っていた。Kさんが『すぐに津波が来るから、ベガをとりに女川に戻る』とKさんは操船中の『アルティア』の舵を女川に戻るべく反転させた。

地震直後、山が崩れた
地震直後、周辺の山が崩れた

 ワタクシは事務所の神棚からお榊立てが落ちているのではないかと思い、
携帯で事務所を呼び出した。電話に出たNさんは『部長!大変なんです!岸壁が割れて落っこちています!』
ワタクシは唖然とした。それどころではなかったのだ。
悲鳴にも似た声から極度の興奮状態でいるのがすぐに分かったので、『中(事務所)はいいからとにかく高いところに逃げて』とだけ言って電話を切った。
電話を切って、船内ラジオをつけ情報収集し始めた。NHKのAMラジオからは6mの大津波が来ることを繰り返し伝えていた。
 『アルティア』はすでに女川港内、桟橋が見えるところまで来ていた。桟橋には沖出し準備が整った『しまなぎ』が出港の直前で、Sさんとシーパル女川汽船のYさんが『アルティア』のもやいをとってくれ、Kさんに『ベガ』はKさんとSさん、『アルティア』にはYさんとHさん手分けして2隻を沖出しするように指示し、すぐに出港させた。桟橋に残り『ベガ』の整備に残っていたSさんがすでに『ベガ』のエンジンをかけていてくれていたため、すぐに出航できた。このとき14時57,8分。

 ワタクシはこのとき初めてNさんが言っていた『岸壁が割れて落っこちている』状態を理解した。
岸壁の上にある、事務所は海に向かって傾き(倒壊はしていなかった。)、軽トラックは波打った岸壁の中に入り込み、動かせる状態ではなかった。もう一台の自動車はマリンパル女川シーパルⅠ前に停めていたが、被害は無く高台に避難させるべくワタクシは車を移動させようとマリンパルを左折、側溝から海水が噴出しているのを交わしつつ、七十七銀行を左折、野口自転車前を右折、バイパスに入ろうとしたところ、電柱が倒れて道をふさいでいて、引き返さざるをえなかった。
引き返すとき観光協会前で観光協会のMさんと電力のHさんに出会った。軽く手をあげただけの簡単な挨拶でその場を後にした。おんまえやの前を左折、かぐら前を右折バイパスに出た。100mも行かないうちに渋滞していて
梅丸新聞店さん前からは動く気配が無かったので、いしのまきやさん手前の小路に入って車を止めようと思ったが、見ると消火栓前だったので万が一の際を考え、また来た道を戻り渋滞している車列に戻った。1~2分だと思うがとてつもなく長い時間に感じた。ノロノロ渋滞の中、このまま保育所まで移動するのは無理と判断して、佐藤工業所のところにある会社の駐車場にいつもどおり車を止め、置いてあるMY自転車に乗って自宅へと戻った。そのとき熊谷酒店前でキューブに乗ったSさんに会い『いいかMっち、ヨットはあきらめろよ』と声をかけられ『はい』とだけ答えたが、内心『そんなことできるわけないじゃん』と自宅にあるカヌーを取りに戻った。

 アパート2階の我が家に入ると、靴箱、食器棚、冷蔵庫、すべてが倒れフロアに散乱。食器やコップがわれガラスの破片が飛び散っているのが分かった。 とっくに町立病院に避難していると思っていた妻がまだ家に残っていた。『金貨と小判が驚いて出てこないの』と妻。このとき町の防災無線で『大津波警報が発令されています。急いで高台に避難してください』という放送とけたたましい音のサイレンが鳴り響いていた。
妻は猫を捕まえられるまで逃げる気はなさそうだったので、家の中もガラスの破片が散乱していたし、寒さから身を守るためにも、『長靴、手袋を履いて、毛布などで体を保護するように、治まったら戻ってくるから。ここに居ろ。』と言い残しワタクシはライフジャケットを着てウォーターポロ用のカヌーとパドルを肩に担ぎ、自転車をこいでマリンパル前へと向かった。隣のスーパーおんまえやさんの従業員さん方が店を後に避難するため10数人道路に集合していた。

 マリンパルまではカヌーを担いでいても自転車で45秒。マリンパル・シーパルⅠのテラス上り口にカヌーを置き、2階のテラスに自転車を担いで階段を登り、津波が来ても自転車が流されないようにした。
すでに会社の従業員はみな、このテラスに避難していてI専務がいたので『ヨットに行ってきます。しばらくの間よろしくお願いします。』I専務は『分かった。気をつけてな。』といってワタクシを送り出した。このときまだこの辺には6mの津波が来るとばかり思っていた。

 カヌーを担いで岸壁まで走った。岸壁に立ちあせった。カヌーを降ろせる水位ではなかった。岸壁から3mほど下に海水面があった。カヌーを下ろしたとしてもそれに乗り込むのは不可能だった。ちょうど脇では泉沢水産の第52清水丸が沖出しするところだった。とっさにカヌーを清水丸に乗せ、ワタクシも船に飛び乗っていた。そこにいたH・I専務に『ヨットを逃がしたいんです。助けてください。』と懇願した。専務は『ばか言え!死ぬ気か!3時15分には10mを超える津波がくるんだ!おれたちもぎりぎりなんだ。ヨットはあきらめろ!』といわれ、ワタクシは『じゃ、ここでカヌーを下ろしてヨットにいきますから』と駄々をこねたが専務に『絶対にだめだ』と言われ何度となく同じように駄々をこねたが、第52清水丸は沖へ沖へと全速力で岸壁から遠ざかっていった。ワタクシのヨット『STORM』がどんどん船の後ろに小さくなっていくにつれ涙が止まらなくなった。そしてすぐに自責の念にかられた。人の船に勝手に乗り込み船長にわがまま言った自分が恥ずかしくなり、操舵室にいるH・I専務のところに行き、『さっきはわがまま言ってすみませんでした』と謝った。

 第52清水丸が女川防波堤に差しかかる前、石浜に停泊していたサルベージ船『かいこう』が沖出しのため出航していて、ワタクシの乗った第52清水丸の後ろ手についていた。4~5人ほどしか待機人員のいない『かいこう』がよく出航できたものだと感心した。全速で沖に向かう船から携帯で妻に何度となく電話をかけたがまったく通じず、無事に猫を捕まえて、高台の町立病院に逃げることができたのかわからずにいてとにかく心配であった。
寺間港の南側まで来たとき、先に沖出ししていた船が30隻ばかり漂泊していてその中に『ベガ』『アルティア』『しまなぎ』がいるのを確認した。発電所前、寺間港前を見ると引き潮なのか津波なのか渦を巻いているように見えたがワタクシの乗った第52清水丸がいる辺りは水深も深く、船の航行に支障があるほどではなかった。

沖出しする第52清水丸から
第52清水丸に続いて沖出しする『かいこう』 15:11

 そのときワタクシは自分の目を疑った。とてつもない大きな波が笠貝島にぶつかり海抜30~40mはあろうかその島にぶつかった波のしぶきで島が消えたように見えた。今までに見たこともない大きな波がワタクシたちが乗った船に向かって近づきつつあった。辺りにいた船はみな、その波を見て一斉に、さらにその波に向かって全速で走り始めた。デッキにいたMさんと名前は分からないが第53清水丸の船頭さんはライフジャケットを取りに船室に向かっていた。そのときの光景はあわびの開口、北海道の昆布取りの船がいっせいに沖を目指す光景にも似て勇壮だった。

3・11 迫り来る大津波、乗り切ろうと更に沖をめざす漁船
間近にせまる津波第一波、15:33

 その波を乗り越えたときの記憶は定かではない。ただ第52清水丸はこの大波みを乗り越えられると直感した。船のデッキ上、ワタクシはどこにいたか、何かにつかまっていたのか。大きな波を乗り越えた後、その大きな波の後ろにいたはずの『かいこう』の船体が完全に波間に消えた。今まで見たことのない大きな波だった。そしてこの波が女川の町を襲ったとき、湾口が狭まる女川の地形を考え、波高はさらに高くなるため町は壊滅、たとえ町立病院の高台に逃げたとしても波はさらに病院の上を行くように思われた。人口1万人が津波に飲み込まれるという最悪の事態を考えていた。生き残ったのはこの海の沖に出た船の上のワタクシたちだけだと思わざるをえなかった。そして西の空が急に雪雲に覆われ、雪が降り始めた。デッキに立って女川の町の方向を見ると雲ではない火事が発生したのか白い煙が上がっているのが見えた。

 携帯はあいかわらずどこにもつながらず、ワンセグでテレビを見ると一瞬、女川の小屋取地区が津波に飲み込まれていく映像が映った。予想は現実のものとなりつつあり、絶望的ではあるがテレビを切り、妻に電話をかける、またテレビを見る、電話をかけるを永遠と繰り返した。とにかく女川の町がどうなっているのか情報がほしかった。

 あたりが暗くなってきたころ、引き潮で町から流れてきた発砲スチロール類が多く目に付いた。そしてしばらくすると家庭用冷蔵庫、冷凍庫、浜にあったであろう番屋の屋根、ひっくり返った船、瓦礫となったものが当たり一面を覆うようになり、船は瓦礫のないさらに沖合いをめざし笠貝島の北側までやってきた。闇の中、女川方面は真っ暗、雄勝方面は空が赤く、火事が発生していることが容易に想像できた。

流れてきたライフジャケット

 そのころラジオからは女川原発で火災が発生しているとのニュースを流し始めた。不安になり双眼鏡で原発を見てみると赤色灯をつけた消防車が発電所内を行き来しているのが見えこの上なく不安になった。
地震は治まることなく続いているようで中越方面でも大きな地震が発生したとのこと、このまま細い日本列島が東北地方から新潟県にかけてぽっきり折れてしまうのではないかととも心配した。
テレビでは気仙沼が火事で町が燃えているとのニュース一色になった。

 『ベガ』『アルティア』と違い、第52清水丸には大量にカップ麺など食料が積んであった。うちの船員には申し訳ないと思ったが、勧められるがままに熱々の味噌ラーメンを食べた。本当に体が温まった。深夜までみなして見張りをしたり、流れてきた大きな家や船などを指差しあってあまりのすごさを語り合った。SさんとH・I専務がひとときとして休まず船を動かしていた。ワタクシたちは2人に温かいコーヒーやアップルジュースなどを持って、時々、操舵室にあがった。深夜になりワタクシとMさんともう一人の名前の分からない船頭さん3人はたたみ2畳もない操舵室の下にある”小屋”のような部屋で折り重なるように仮眠を取った。エンジンの排気塔が小屋の中を通っているので部屋の中は温かかったが、決して寝ぬれるものではなかった。そして夜が明けた。

3月12日、夜明け

つづく
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# |  | 2012/03/13 19:21 * edit *

あの日の状況を海上からの視点で聞いたのは初めてです。それと地震直後から非難状況も詳しくよくわかりました。昨日の追悼番組はあまり意味があるとは思えませんでした。いたずらに悲しさだけをクローズアップするのは如何なものかと・・・亡くなられて方やまだ行方不明の方の身内の方の悲しみは、それぞれの思いですから、ひとつ言葉では語りきれないと思います。

bbyーk #n8i82aMA | URL | 2012/03/12 10:08 * edit *

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まとめteみた【潮’S  未来が楽しみな町・女川】

  あの日のことは不思議とよく覚えている。でもいつか記憶はあいまいになり、いいことは美化され都合の悪いことは忘れようとする回路が働き、違った記憶になると思い、あ

まとめwoネタ速suru | 2012/03/21 05:27

433 Storm X Capt.金貨

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