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震災発生後、2日目のワタクシ 

 
 夜が明けた。

 東の空がオレンジ色にかがやき始め、海は昨日までの強い西風がパタッと止まり、べた凪。かすかに漂う油の匂い。第52清水丸の周辺には同じ海域で過ごした船がいたほか、すでに多くのがれきが流れていた。
朝、6時、第52清水丸は自分たちの定置網の状況を確認に行くとのことで、船を近くにいた『ベガ』につけてもらい、ワタクシはカヌーとともに『ベガ』に乗り込んだ。

 『アルティア』は昨夜のうちにプロペラ2つとも流れてきたロープに絡まっていて、自力での航行は不可能だった。『ベガ』と『アルティア』はお互いを20mほどの長さのロープで結ばっていたが、ワタクシと船員4名、全員で集まって今後のことを話すため、ロープの間隔を縮め、2隻をぴったりと抱かせあった。船内には電気ポットがあるので、温かいインスタントコーヒーを飲むことができた。コーヒーを飲みながら全員の無事を喜ぶとともに昨日の津波のすごさをみんなそれぞれに興奮気味に語った。そして安否の分からない事務所のみんなのこと、もちろん家族のことを心配した。まったく分からないが女川港の現状を想像するにその不安は大きくなるばかりだった。またその不安をあおるようにNHKラジオからは『南三陸町と女川町は壊滅』という言葉だけが繰り返し聞かれた。ワタクシは責任者として皆と船を安全に港に戻すことを考え物事を進めなくてはならかった。

2隻を抱かせて

 『防波堤が残っているならば、女川港はがれきに埋め尽くされ、港に帰れる見込みは無い。かなり長期戦になると思う。できるだけ燃料を残しておきたいので2隻のメインエンジンを切るように。燃料と清水の残量を確認するように。もう少し状況が分かるまでこの場所に待機すること。』を皆にお願いした。2隻のエンジンは切られ、最低限の電気を確保するために発電機だけはつけておくことにした。燃料は2隻で約4500ℓ、清水(飲める水)は全部で約2000ℓの残量が報告された。このときワタクシは7~10日間は洋上で過ごすことができると判断し、K船長に相談した。
『部長!奥さんのこと心配でないのか!みんな家族のことが心配でしょうがないんだ!』
『でも、K船長。この状況じゃ帰れないよ。もしベガが次ぎプロペラにロープ絡めたら俺たち沖に流されるだけだぜ。』K船長は黙った。
女川の町からは次々とがれきが流れてくる。この流れてくるがれきをよけながら女川港に戻るのは絶対、不可能にみえた。船員さんたちの家族を思う気持ちはよく分かる。ただ現状、女川港に入るのは無理だった。

ただようがれき

 長期戦に備え、食料のことも考えなければならなかった。船内には昨日もらった大量のいわし、金華山で取った”まつも””ふのり”、ウミネコの餌付け用かっぱえびせん(小)2箱があるのでまずは足のはやい”いわし”を干物にしようとY船長とワタクシで保存食を作りはじめた。『しまなぎ』には何も食べるものがないとの無線連絡があり、”かっぱえびせん”1箱を分けてあげることにした。『しまなぎ』にはAY船長、M機関長、Sさん、Tさんが乗り込んでいた。食料に関しては割りと楽観的なところがあった。どの船にも釣竿は積んでいるし、船員は皆、漁船に乗っていた経験もあるので、いざとなれば釣った魚を食べればよかった。海面に漂っていたのはがれきだけではなかった。ふと見ると東洋冷凍の工場から流れてきたとみられる『ちくわ磯辺まき』が一袋流れてきた。ワタクシはさおの先にカギのついたもので引っ掛け、食べられないか袋を開けてみてみた。多少ふやけてでろでろって感じと若干、重油くさい臭いはしたが、マグカップに入れ熱湯を注ぎスープみたいにして飲んだ。おいしかったので近くにいて興味深々それをみていたHさんに勧めたが、『そったらもん、食えるか』と一蹴された。

油タンク

 女川の石浜にあったの大きな油タンクが流れてきた。あたりはもれている油のせいで海面が異常にぎらぎらして臭いもすごかった。何千ℓ入るのか分からないが目の前を流れていく油タンクを目の当たりにしてその異様な光景にただただ沖のほうに流れていくタンクを見守った。全長6mくらいの小さな和船が2隻流れていた。もしかしたら中に人がいるかもしれないと『ベガ』のエンジンを掛け近寄ってみた。近寄ってすぐに無人だと分かった。どこかの浜からか流されたのであろう。乗り移り船尾についている船外機を回してみたがエンジンはかからなかった。もしエンジンがかかれば港内の様子を見に行けると思い、しばらくやってみたがどうにもだめでそのまま沖に流すことにした。同じようにもう一隻、漂流している船にも近づき”偵察用ボート”にならないかやってみたがもう一隻の船も使い物にならず、そのまま漂流させた。

 あの大きな油タンクが流れていくのをみたときから、もしかしたら『女川防波堤』がないかもしれないという気持ちはあった。ただ”あの防波堤”が津波でなくなるのは考えがたいことだった。海は穏やかで海面に浮かぶがれきがどこにあるかひと目で分かるほど凪いでいた。お昼ころ、朝と比べると流れてくるがれきの量がかなり減ってきたので、”防波堤が見えるところ”まで移動することにした。海面に浮かんでいるがれきはもちろんだが、中間浮力で水面下に漂っているロープや屋根の防水シートだろうかプラスチック系のがれきも多く見えていたので、船首に2人、見張りを立たせて最微速で『ベガ』を笠貝島の沖合いから寺間の南東沖に向け進路を取った。『アルティア』を『ベガ』の船尾から引っ張り、そのあとを『しまなぎ』がついてくる格好となって、ところどころにあるがれきのかたまりをくねくねとよけながら進んだ。

一列になって

 がれきをよけながらゆっくり進むこと約4時間。肉眼で見ても双眼鏡で見ても間違いなく”女川防波堤”はなくなっていた。船員にもワタクシにも”帰れる”という明るい希望が見えてきたと同時に現実を直視するという瞬間だった。防波堤のあったところをGPSで確認しながら、今まで船が走ってきたGPS上の航跡を頼りに今はなき『女川防波堤』を通過した。船員は見慣れた景色ではあったが、津波でまるっきり違う”いつもの風景”を驚きの声を上げながら津波でめちゃくちゃになった女川の町を見ていた。夕闇が迫りつつある時間になり、一旦、2隻を女川観光桟橋に接岸させることにした。このとき『しまなぎ』はまだ大津波警報が解除されていないことと小回りが利かないこともあり防波堤よりも沖の桐が崎沖に停泊することにしていた。2隻を桟橋につけると、そこはまだ水が完全に引いたわけではなく、ややもすると桟橋全体が水没しそうな感じだった。

マリンパル前に接岸

 船員を船に残して、我が家のあった場所にひとり行ってみた。思ったとおりそこに我が家はなく、ただがれきが一帯を覆いつくしているだけで何もなかった。自然とひざが崩れ、妻と猫の名前を泣きながら叫んではみたが、だれもそれに答えてはくれなかった。ここに来るまでにご近所さんの家もみな流されていた。『我が家だけではない』という気持ちが働き、わりと冷静でいられた。立ち上がり、その足でマリンパルⅡの古母里に向かった。マスターのMさんは前のチリ津波のとき『今度、大きな津波が来たときにはこの厨房からにげない』といっていたからだ。暗くなった厨房でMさんの名前を呼んでも返事はなかった。みんな死んだと思った。

我が家跡

 船に戻る途中に、ビニール袋を持った中年の男性に出会った。石巻から歩いてきたらしい。チラ見しただけだから定かではないがビニール袋の中には歯ブラシとお菓子のようなものが入っていたように見えた。『女川・石巻沿岸はめちゃくちゃだ。総体に行けば生き残った人がいっぱいいるよ』と教えてくれた。これからだと暗くなって危ないので、急いで船に戻り、懐中電灯をもって、Yさんと2人で総体まで歩いていくことにした。がれきで覆いつくされた町を不思議な気持ちで歩いた。彼の言った言葉を裏付けるかのようにがれきに覆われてはいても、総体に向かって明らかに多くの人が歩いた跡がはっきりと残っていた。女川第2小のところでがれきはなくなった。急に何事もなかったような今までと変わらぬ景色に変わった。総体へ続く坂道を登っていくと体育館前ではテキヤテントが立ち並び裸電球も点いていて『お祭り』のような”賑わい”だった。本当に多くの人々が助かっていたのだ。奇跡だと思った。体育館の入り口に『生存者名簿』があった。長机に何冊も置かれたノートには行政区ごとに分けられ、そのページそれぞれに直筆で書かれた名前だけがずらーっと並んでいた。我が家のあった黄金区を探し出すとすぐに妻の名前を見つけた。涙もろいわけではないが自然と涙があふれてきた。妻の名前の下にワタクシの名前を書き入れた。今でも後悔しているがあの時、ワタクシの名前の他に”愛してるよ”くらい書いておけばよかったと・・・。ノートには今も船にいる船員の名前も記した。家族が来て見つけやすいように白紙のページに船名、船員名を順に書き、その場を後にした。妻には一刻も早く会いたかったが2500名ほどいる中から探し出すには時間がなかった。Y船長とすぐに船に戻ったが真っ暗で街灯もないがれきの町を懐中電灯だけで歩くのは困難だった。桟橋に着くと水位は上がっていて、くるぶしくらいまで海水につかるような状態だった。安全に船を着岸しておける状態でなかったので、女川港内に錨を下ろし、その夜も船で寝ることにした。風もない、ゆれることもない、とても静かな夜だった。

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# |  | 2012/03/22 05:27 * edit *

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# |  | 2012/03/21 16:37 * edit *

ほんのちょっと女川の冲合いにいたのに総体で安否確認できるまでは、とても長い時間がかかったのですね。私も親戚を探しに行きましたが、あの暗い中の電球の灯りと避難していた人の表情が忘れられません。とても一人で探すのは無理だと思ったところへ、知り合いと遭遇して一緒に探してくれたのが忘れられません。

bbyーk #n8i82aMA | URL | 2012/03/14 10:45 * edit *

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  夜が明けた。 東の空がオレンジ色にかがやき始め、海は昨日までの強い西風がパタッと止まり、べた凪。かすかに漂う油の匂い。第52清水丸の周辺には同じ海域で過ごし

まとめwoネタ速suru | 2012/03/21 05:27

433 Storm X Capt.金貨

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